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ようやっと1994年12月23日正午に開局。
やっとこさラジオ人の端くれになったわけだ。
オープニングで全員の挨拶を終え、曲の間に記念撮影をして
溝手は一人、営業さんの車に乗り帯広市内レポーターの旅である。
中継先は・・・
スーパーとか、どこかの店の駐車場とか本屋とか回ったような気がする。
前日寝てない状態で1時間に1回
「はい溝手でーす。私は今○○にきていまーす」
と中継。
中継が終わるたびに
「次は●時○○分に△△へ行きます!」
とコールをして移動するのだが、
次の移動先に行っても、誰からも声がかからない。
ラジオ放送だし、開局放送だから
中継先に行ったら
「聞いてました」
「頑張ってください」
みたいな声もちょっとは期待したが、
ちょっとも無く。
それどころかスーパーに中継へ行き、
スタンバイを待ってるとお客さんが近づいてきて
「トイレはどこですか?」
なんて聞かれた。
それも2人続けて。
面倒だから
1人目には
「このスーパートイレないんですよ」
と伝え2人目には
「お酒コーナーの右曲がって、お弁当総菜コーナーがあります。そこのお弁当とお惣菜の通路の間を抜けますとトイレがあります」
などと、多分そんな通路無いだろう道を教えてあげた。
中継に関して言うと、正直手ごたえを全く感じなかった。
そして中継の移動中に流れるラジオからは
開局放送で盛り上がっている空気が満々に聞こえる。
「初めての放送で緊張しています」
「生放送ならではですねー」
など初々しく話す同僚たち。
番組にはリスナーからの応援電話やFAXがどんどん届いているようだ。
(ちなみに当時はまだ携帯電話もPCもほぼ普及されていない。だからメールというものでのメッセージはない)
盛り上がってるなー
と思いながらラジオを聴く。
局には差し入れも次々届いているそうだ。
中継先をウロチョロ回る俺には誰も声をかけてくれないぞ。
盛り上がるはずの開局放送なのに、どんどん冷めていく自分がいた。
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