溝手の読書日記

岩井勇気の「僕の人生には事件が起きない」を読んでみた

じゃない方芸人なる言葉がある。
Wikipediaによると、
2009年に「アメトーーク!」で特集が組まれたことから定着した言葉のようだ。
ナイツのヤホーじゃない方(土屋)
ドランクドラゴンの塚地じゃない方(鈴木)
ANZEN漫才のみやぞんじゃない方(あらぽん)
などなど。
じゃない方なわけだから、一般的には
面白くない方、ネタを作ってない方、個性のない方となるわけだが、
昭和の漫才ブームのころなら、売れてる方とじゃない方の差は
人気・実力とも大きな差がついていた(ほとんどのじゃない方芸人はブーム後消えた)のに対し、
今の「じゃない方芸人」は、じゃない方がコンビのイニシアティブを取っているケースも多い。

ハライチもそう。
一般的には澤部が面白い方、明るい方、社交性のある方で
澤部じゃない方が岩井となる。

ただしハライチのネタは岩井が作っている。
岩井が澤部を、そしてハライチを面白く演出しているわけで、
澤部じゃない方になったのも、当然自分で仕向けてるわけだ。

そんなじゃない方の岩井勇気が本を出した。

「僕の人生には事件が起きない」

小説新潮やWEBの連載をまとめたコラム集。

TBSラジオの「伊集院光とラジオと」に岩井がゲストで出ていて、
番組を聞いてるうちに読みたくなり、そのままネットで注文した。

内容はこんな感じ。

日常に潜む違和感に芸人が狂気の牙をむく、
ハライチ岩井の初エッセイ集!

段ボール箱をカッターで一心不乱に切り刻んだかと思えば、
組み立て式の棚は完成できぬまま放置。
「食べログ」低評価店の惨状に驚愕しつつ、
歯医者の予約はことごとく忘れ、
野球場で予想外のアクシデントに遭遇する……
事件が起きないはずの「ありふれた人生」に何かが起こる、
人気エッセイがついに刊行! 自筆イラストも満載。

【目次】

はじめに

メゾネットタイプの一人暮らしでの出来事
家の庭を〝死の庭〟にしてしまうところだった
自分の生い立ちを話せない訳
ほとんど後輩と連まない僕と仲の良かった後輩
「ショッピングモール満喫ツアー」の暗闇に潜む化け物
マニュアル至上主義の店
忘れる、という能力者
コーヒーマシーンに振り回される
組み立て式の棚からの精神攻撃
あんかけラーメンの汁を持ち歩くと
珪藻土と自然薯にハマった
食べログ信者の僕が3・04の店に行ってみた
ルイ・ヴィトンの7階にいる白いペンギンを見張る人
『叫び』に魅了されて理解したアイドルファンの心理
リアル型脱出ゲームで出会ったオタク
麻雀の不吉な上がりのせいで死に怯える羽目になる
野球嫌いの僕が落合福嗣と神宮球場へ行った
通販の段ボールを切り刻んで感じた後味の悪さ
組み立て式の棚、ふたたび
仕方なく会った昔の同級生にイラつかされる
恐怖に怯えたタクシー運転手の怪談話
空虚な誕生日パーティ会場に〝魚雷〟を落とす
VIPも楽ではない
親戚の葬儀での面倒くささから救ってくれた父の一言
澤部と僕と

おわりに


まず考えたいのは、「事件」って何だろう?ということ。

仲間がバイクで死んだり、ロケバスの運転手をしてたら女優に口説かれたりするのは間違いなく事件だろうが、
そんなこと滅多に怒らない。

「ちょっと聞いてくださいよ、この前すげー面白いことあったんですよー」
から始まる友人知人職場仲間の話で面白かったためしはただの一度もない。
しかし彼らにとってそれは間違いなく事件だから、それを人に話したがるのであろう。

で、岩井勇気である。

30代、独身、一人暮らし。

・メゾネットタイプの一人暮らしでの出来事
・家の庭を〝死の庭〟にしてしまうところだった

自分の家の庭なり塀なりのお話。
事件ではないし、「ちょっと聞いてくださいよー」さんは、おそらくこの出来事をひとには話さない。
そんなお話で原稿用紙8枚程度のストーリーができあがる。

・コーヒーマシーンに振り回される
・組み立て式の棚からの精神攻撃

あるあるの話だが、これをアメトーーク!で話しても受ける話じゃない。
だけど岩井節で書き連なれている文章を読むと、そこに深い「あるある」を感じる。もちろん「ちょっと聞いてくださいよー」とは話さないだろう。

・食べログ信者の僕が3・04の店に行ってみた

これなんか死ぬほどあるあるだ。そして3.04のお店風景が嫌って程頭に広がってくる。

話は「じゃない方芸人」に戻るが、おそらく岩井はハライチの澤部じゃない方と世間に認識されている。

それはさっきも書いたが、岩井の演出で、ハライチは澤部ですよー!とすることで、ハライチを成り立たせている。

しかしあの漫才を書いている男の脳みそが普通なわけでなく、ひねくれていたり狂気だったりするのは当然。

・仕方なく会った昔の同級生にイラつかされる
・恐怖に怯えたタクシー運転手の怪談話
・空虚な誕生日パーティ会場に〝魚雷〟を落とす

この3本何かはヒジョーに岩井らしさが出ているコラム。

テレビのウッチャンが司会をしてる「スッキリ」なやつで使えそうなエピソードだが、
おそらく再現ドラマにするとそれほど面白くなくなると思う。
岩井の言葉で面白さが広がりそして完結している。

本の最後には書下ろしの
・澤部と僕と

岩井がハライチをそして澤部を完全俯瞰で見ている一作。

ハライチすごいですよーと書くわけでもたいしたことなっすよと謙遜するわけでもない。
完全俯瞰のハライチが書かれている。

個人的にはハライチのファンでもアンチでもないし、

澤部がテレビに出てても食い入るようにも見ないし、チャンネルも変えないが、

ラジオから流れた岩井のトークには耳を傾け、そしてそのまま書籍を注文し、

一気に最後まで読んでしまった。

「僕の人生には事件が起きない」という書籍名だが、

生まれて初めての野球観戦の相手が三冠王選手の息子なんてのは普通の人では体験できない事件である。

すごいことをすごいと書かず、自慢することもなく、すごいと思わせないまま読み進ませる。

日常の違和感をまでも日常とする、岩井の世界を涙も感動もなく堪能した。

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