コミュニティラジオの頃

(6)天使からの電話、帯広って何?

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コミュニティラジオの頃 はじめに

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ラジオ局の雪まつり会場オーディションで華々しく滑り、
オーディションのつもりで気合満々で挑んだもう一個の会場がほぼファンミーティング、

25歳になる8月までに何とかするぞ!と動いているものの
気づいたら5月も末。すでに3か月を切っていた。

その間、劇団活動は最後の悪あがき。
イベントの賑やかしに呼ばれたり、学校祭やお祭りの声もかかったり。
最悪平日はサラリーマン、夜と週末だけ頑張ろうかな、、、
などとやっと現実を見ようとした時、一本の電話が来た。

「溝手さん、帯広に開局するラジオ局で求人募集してるよ」

帯広?
ラジオ局?
開局?

この短い言葉の中に3つのクエスチョンマークが浮かんだ溝手。

帯広にラジオ局なんて・・・ないだろ?

電話の向こうの友人が説明してくれる。

「今日の北海道新聞の求人欄に出てたんだけど、今年の9月にコミュニティラジオ局ができるんだって」

コミュニティラジオ・・・おっ、聞いたことがある。

あれは一年前。

23歳のちょうど今頃(6月)。

演劇公演を終え、長く勤めてたバイト先も辞め、

いいタイミングだったので「自分探し」とか言っちゃえばいいだろの旅に出たことがある。

JR北海道の急行全部に乗り放題で1週間で幾らみたいなフリー切符。

行き先を決めずに駅へ行き、一番近い出発時間の列車に飛び乗る。

自由気ままな一人旅。カッコイイ・・・と思って出発した一週間だったが、

実際はそんなにカッコよくもなくもろもろ疲れた一週間だったのだが(気が向いたら別な機会で書きます)、

その旅のことを電話の向こうの友人と飲みに行った時に話したことがある。

「いろいろまわったけど、函館と小樽と帯広。この3つは老後に住んでもよさそうな街かな」

どんな上から目線や!と今振り返ると思うが、そんなことをその友人に話した。

その友人がそのことを覚えてたんだね。

それで帯広のラジオ局のことを教えてくれた。

「溝手さん帯広住みたいって言ってたよね」

うん、言ってたね、老後。まだ24歳だけど…。

まっそれは置いといて、コミュニティラジオ局かぁ。

函館に行ったとき、FMいるかの公開放送を見に行った。

日本最初のコミュニティラジオ局。

「へぇ、キー局以外でもFMってあるんだ」

一年前に初めて知った。

そのFMが帯広にもできる。

そっかぁ

「今日の北海道新聞に出てたよ」

道新は取ってたけど、見てなかった。

この電話がなかったら帯広のラジオ局の存在も知ることがなかった。

まさに天使の電話だった。

ちなみにこの天使さんは、今、北海学園大学の教授で短歌の歌人で三浦綾子記念館の館長をしている田中綾さん。

20歳からの付き合いで30年近い飲み友達である。

あの時、綾ちゃんが電話をくれて、溝手の人生の歯車が、チロッと動いたわけである。

綾ちゃんには足を向けて寝られないのである。

いつも飲みに行ったらクダばっかり巻いてごめんなさいなのである(笑)

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