社長ブログ

自由の基準、好き勝手の判断

「あなたは自由でいいよね」

「好き勝手に生きて羨ましい」

そんなこと良く言われる溝手です。

私が自由なのか、好き勝手に生きてるのかは

私が決めることで他人にとやかく言われることではないのですが、

「自由」や「好き勝手」という表現で相手の生き方を評価する人って、

自分が「不自由」だったり「好き勝手」に生きていないということなのでしょうか。

他人との交わりを持ち人は生きるわけで

完全に「自由」だったり完全に「好き勝手」に人は生きられません。

そんな人は「無視」されるか「排除」されるか。

はたまた「自由」と思い込んでる小さなグループの中で自分のグループ以外を批判して、自分を肯定する生き方を選択するしかないでしょう。

ただね。

「自由でいいな」

と羨ましがるならその自由を真似ればいいんじゃないかな。

20代前半、溝手はフリーターでした。

劇団を作っていましたが、そこからの収入など雀の涙。

コンビニやら警備やらのバイトを24歳までしてました。

その頃に高校時代やちょっと通ってた専門学校時代の友人と会うと決まって言われたのです。

「溝手は自由でいいな」

「好きなことやって生きてるって羨ましいって」

そう語る奴らはサラリーマンで給料もらってボーナスも出てる。

まだバブルの最後っ屁にころですから、人によってはボーナスが多くて23歳で600万とか700万とか年収もらってるわけですよ。

そいつらが

「溝手はいいな」

っていうんです。

劇団経由でもらえる仕事が年に2-30万、

コンビニのバイトが月10万、

不定期の警備が年数十万。

いいとこ年200万くらいにしかもらっていない溝手をですよ、

「溝手が羨ましい」

って言うんですよ。

だから私は言ってやりましたよ。

「俺はお前にはなれない。お前の会社に履歴書送ってもまず採用されないだろう。資格も持ってないし、そもそもスーツも持ってないしね。だけどお前は今すぐ俺になれるよ。仕事辞めて好きなことややりたいこと始めれば、すぐにお前の言う羨ましい人になれるよ」

そう言われて、「そうか、俺も自由になれるんだ」と辞めた奴は誰一人いない。

あれから20数年。

「溝手が羨ましいよ」

会社で役職がついて、定年までの道筋ができている奴らはやっぱり私に言う。

「自由に生きて羨ましい」

と。

こっちから見るとさ、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁいいや、

どっちが自由でどっちが羨ましいかは自分と他人の評価で違うから。

「溝手水曜日どこ行ったの?」

「朝から映画見てランチはビュッフエ食べた」

「木曜日は?」

「午前中仕事して、ランチ食べ過ぎて昼寝したら気づいたら5時だった」

「金曜日は?」

「子どもの学校の合唱コンクール見てきた。午後は仕事したよ、2時間くらい」

こういうこと書くから、また言われるんだけどね(笑)。

こっちはこっちで、高給取りや退職金で家買えるような人の生き方を

羨むのも癪だから、このままの線で生きるとするよ。


自由らしい一人社長のプロフィール