コミュニティラジオの頃

(62)31時の電話に殺意を覚えるの巻

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コミュニティラジオの頃 はじめに

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今は知らないけど、当時の局員のスケジュールは曜日で管理していた。

たとえば溝手が一番忙しかったころは

月・火曜 休み(といっても何やかんや出社することも)

水曜 18-25時 7時間生放送

木曜 18-23時 5時間生放送

金曜 18-23時 5時間生放送

土曜 19-25時 6時間生放送

日曜 16-18時、20-21時 3時間生放送

てな感じで一週間で26時間生放送に携わっていた。

水曜から日曜までは連日放送をしていたので

祝日もお盆もGWも年末年始も関係ない。

8月15日が金曜日なら5時間生だし

GWだろうが何だろうが、担当曜日は喋っている。

さすがに3年目くらいから夏休みが取れるようになったり、

年末年始のシフトが緩くなったような気がしたが

最初の二年はずっとこんな感じ。

帯広は勝毎花火大会ってのが北海道で一番有名な花火大会で

各地から花火を見るために多くの人が帯広にやって来る。

「溝手、花火大会観に行くから一緒に行こうよ」

札幌の友人から電話。

「その日仕事なんだ」

「えーお盆なのに?」

お盆もクソもねーんだよ、、、

「じゃあ仕事終わってから会おうよ」

「遅いよ」

「いいよその日帯広泊りだから」

「ホントに遅いよ」

「いいって。花火見て、ホテルで待ってるから仕事終わったら電話して」

「3時か4時くらいだけどいい?」

「・・・ん?なんだ4時に終わるなら花火大会いけるじゃない」

「いやいやPMじゃなくて、AMの4時」

「AM・・・なんで???」

なんでじゃねーよ、、、

1時に生放送を終えて、その日の片づけをして

次の日の放送準備や収録もの。

コマーシャル撮りなんかしてたら

いつも3時4時だった。

外でバンバン花火が鳴っている時も喋ってた。

花火が終わってからも喋ってた。

仕事を終えて外に出ると、もう帯広は明るかった。

4時に家につき、その時間からビールを飲み

めざましテレビを見ながらうとうとする。

朝7時過ぎ電話が鳴る。

「溝手おはよう。今日11時の列車で帰るからその前にお茶しない?」

何も言わずに溝手は電話を切る。

相手からしたらなんて溝手は失礼な奴!とご立腹だっただろう。

仕事を終えてすぐは脳が興奮状態で眠れない。

ビールを飲んで、この日あったことをボケーっと考えて

6時過ぎ…やっと眠くなった…

だった溝手には友人からの電話には殺意しか感じなかった。

ごめんね。

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