無理に変わる理由など、本当は1ミリも必要ない

テレビ東京のプロデューサー佐久間宣行さんのオールナイトニッポンに、
伊集院光さんがゲスト出演したのが話題になっていたのでradikoで聞いた。

ニッポン放送と確執があった伊集院が29年ぶりにオールナイトに出演。
深夜ラジオファンとしては、たまらないプログラムでした。

途中朝4時半からの番組を担当している当時の伊集院の盟友・上柳昌彦さんも期待に応えての乱入。

充実感満載のラジオショーだったのですが、
その中でさすがラジオの重鎮らしい伊集院のコメントが頭の中に残った。

「ラジオがこうなればいいという思いは?」というリスナーの質問に対し、
伊集院が語った言葉。

「TBSラジオが開局した頃のインタビューを見たことがあるのですが、
 その中で「未来のラジオどうなりますか」という質問に、
 ほとんどの人が「映像が出るようになる」と答えてたんです」

いうまでもなく、ラジオが誕生した頃はテレビがない。
映画館や舞台に行かないと楽しめなかった娯楽が初めて自宅で楽しめるようになったのがラジオ。

そのラジオの未来は、今は音しか出ないが、いつか映像も出るようになるだろう。

おそらく当時のラジオ関係者はそれを本気で語っていたし、
本気でそうなることを願っていたでしょう。

しかし、その先のことは、その方々から見たら未来人の私たちは
その答えをもちろん知っている。

映像が出るようになったメディアはラジオではなくテレビになった。

「映像が出るようになったそれは、結局今それはラジオとは呼ばれていない。
だからラジオは永遠にそのままでいいような気がする。」

時代が変わることで、その時代に合わせて新しいものに生まれたり変わらなくてはいけない必要がある。

実際ラジオもradikoの存在で、ラジオ本体ではなくスマホやパソコンで聴く人が多くなった。

見えるラジオとして、ネット配信を駆使して放送と同時配信、

ポットキャストなど通常放送と別のプログラムを配信とラジオもどんどんと進化を見せている。

だけど・・・

「ラジオは永遠にそのままでいいような気がする」

ラジオの重鎮の言葉だけに深い。

時代遅れになるわけではなく、
変わることを拒むわけでもなく、
永遠にそのままという選択もありなのだと思う。

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