その辺のバラッド

自分のことを話したがる女

「私風俗で働いているんです」
交流会というのか、知り合いの延長というのか、
でもコンパではない飲み会の場で、
初めて会った女性は、普通に告白した。
20名ほどの飲み会で、この話に参加してるのは5人ほど。
告白した女性は21歳。女性はもう一人20代後半。
あとは男が3人。
30代が2人と、俺だ。

たしかに「仕事何してるの?」
とは聞いた。

だけど世論調査でも事情徴収でもないのだから
正直に答える義務は無い。

「私風俗で働いているんです」
その前に20代後半の女性が答えた
「飲食店グループの経理部です」
と同じトーンで答えられて、それに対し誰もリアクションが出来ずに困っている。

話を変えようか迷っていると、この場の最年長で
空気的に仕切り担当になっている俺に彼女が言う。

「やっぱり引いちゃいますか。風俗って聞いたら」

「いや、、、引くというか。営業マンです。経理やってますの次の回答としては予想してなかったからさ」

俺が言うと他のメンバーも頷く。経理部の子も。

「別に同じ仕事なんだから、引くのっておかしいと思うんです」

彼女は自分がなぜ風俗で働きだしたのか。
そしてそれをなぜ隠さないのか。
誰からの質問や頷きの間髪も与えないかのように
ベラベラと話し始めた。

もしここに女性がいなかったり、
いたとしてもセクハラトークOKみたいな雰囲気だったら
「風俗って何系?」
とか
「どこの店通ってるの?」
とか言い出しそうな人が現れそうだが、
他の男性は、ふざけてでもエロトークをしないような真面目なタイプ。
そしてそのうちの一人が、間違いなく経理女に興味を示している。

だからここで風俗女の話に耳を傾けるより、
お互いの職場が近かった経理女と話がしたいのだろう。

だけど風俗女が喋っている。

「別に軽蔑してもらっても構いませんが、私は仕事に誇りを持っていますんで」

軽蔑もしてないし、それ以前に彼女が喋り始めてから誰も何も言っていない。

「軽蔑なんてしないよ。ねぇ」

誰も言葉を発しないのに痺れを切らしたのか経理女が言う。

みんな慌てたように頷く。

「そうだよ」

「もちろん」

俺も別に風俗で働いているということで軽蔑する気はない。

そうじゃなくて気になるのは、

誰も何も言わないのに

勝手に軽蔑してるとか、引いてると先に手を打つ彼女の態度が気に入らない。

これで風俗の話を打ち切りたい経理女がまだこの質問に答える順番が回っていなかった俺に聞く。

「お仕事何してるんですか?」

俺の中でモヤモヤが溜まっていたので、今の気持ちを答えにした。

「フリーでライターしてます。あっ、今みんな引いてますよね。
 フリーでライターってそんなんで食えるのかって。
 俺も思います。フリーライターって何だよって。
 でも食えてますよ。
 なんでフリーライターなんてって思うでしょ?
 別に最初っからフリーライターやりたかったわけじゃないんです」

ヤバイ。酔ってるし、必要以上に風俗女への怒りが勝手に増してる。

「人からフリーライターやってるって言うと好奇の目で見られたり、
 私もやりたいとか、そんなんで食えるのとかいろいろ言われる。
 でもほっといて欲しい。フリーライターで飯食ってるんで。
 で、どこで書いてるのとか、誰か有名人に会ったとか
 表面で聞いてくる人はむかつく。
 そういう時わかるんです。この人が本当にフリーライターの仕事に興味を持っているのか。
 とりあえず聞いとこうかと思ってるのか」

ホントヤバイ、止まんねーや。

「で、本当に興味持ってくれている人ならもちろんちゃんと話すけど、
 興味本位の時には、まっいろいろね、ってながす。
 たいてい、いろいろって言うと話が止まるから。
 もし本当に興味があったらいろいろって聞いても、
 例えば何って聞いてくるでしょ、でも聞いてこない。
 基本さ。人のやってることなんて表面的なところ以外たいして興味ないんだよ。
 ねえ。みんなもそう思わない?」

みんな、と言われて、男二人と経理女も頷く。

これで終わらせればよかったが、酔ってるしモヤモヤな俺は止まらない。

風俗女に俺が言う。

「で、風俗ってどこで働いてるんですか?」

俺が言うと、一瞬戸惑ってから店の名前を言う。

それを聞いて俺が言う。

「へえ。そういえば(経理女)と(経理女に興味を持たっと思われる男)は
 2人とも職場●●駅近くだよね」

そこから俺達は二人の職場が近い●●駅付近のランチトークで盛り上がる。

あの店がおすすめ。

ワンコインのあの店ってどうなの。

俺はスープカレーのあの店が好き。

など

つい何分前に、風俗女の働いている店の名前を聞いたような気がしたが、

その店の名前より、経理女の話したパスタの店や

男の話した激辛ラーメンの店の方が俺には興味津々だ。

しばらくランチトークで盛り上がっていると、風俗女は席を立つ。

トイレのようだ。

それすら気づかない俺たちはランチトークで盛り上がる。

その後、話題が変わったりトイレや席移動で若干話すメンバーが変わったりしたが、

まっ、よくある飲み会の流れだ。

時間になってお開き。

二次会の話も出ていたが、俺は帰ることにした。

帰り際、経理女が俺に耳打ちする。

「話題変えてくれてありがとうございます。
 風俗に偏見は無いんだけど、風俗で働いてる人で勝手に見下されてると思ってる人たまにいるんですよ。
 そんなことないよって言っても雰囲気変わらないし、尊敬してるって言っても
 あなたは働く気ないでしょって言われるし。リアクション困るんですよね」

やっぱりそう思ってたんだ。

そういえば・・・店を出る時見渡したが、
風俗女はもういなかった。

そして後日、経理女と男が付き合うことになったと聞いた。

俺はタダのキューピットかよ。

結局モヤモヤしただけだったな。